26.2.1(日) 2回目の更新
順番が前後しています。国見町「淡島神社」の後、愛野町の「日吉神社」の前に訪れました。吾妻町の「剱抦(けんぺい)神社」です。

難しい漢字ですね。旧字体がなければ簡略化された現代の文字で書こうと思っていたのですが、あるんですね「剱」の文字。 あと注意が必要なのは、「抦」の文字が“木偏”ではなく“手偏”です。「手に持つ、しっかり握る」という意味だそうですが、講師の説明によると「矛(ほこ)」を表しており、「剣と矛」武の神様を祀る神社だそうです。
主祭神は「タケミカヅチノミコト(武甕[槌]命)」、「健御雷神」とも書き、「健」は猛々しくて勇ましい様子、「御雷(ミカヅチ)」は神鳴り(雷)を表しています。
タケミカヅチノミコトは、神話「国譲り」に出てくる神様ですが、長くなるので別の機会にしましょう。 他に「ハヤタマオノミコト(速玉男命)」「オオナムチノミコト(大己貴命)」「スクナヒコナノミコト(少彦名命)」の三柱も合祀されていますが、これは明治二年(1869年)に行われた末社整理によって祀られました。

ここで注目したいのは拝殿前の左右に置いてある2つの手洗鉢です。 大きな石を掘って作られた物ですが、その上面にはボコボコと穴が開いています。

画像では分かりづらいですね・・・。これは「盃状穴(はいじょうけつ)」と言って、石の構造物に人の手によってわざと彫られたものです。 研究者によっては「女性のシンボルを表現したもの」という説もあり、死者の再生を祈願する呪術的なものと考えられています。 また、この穴を穿つときに出る石の粉を飲むと病気が回復するといった話もあります。














