2010-10-01から1ヶ月間の記事一覧
「ボントクタデ」は、水辺や湿地に生えるタデ科の1年草です。 茎に上向きの毛があり、葉にまったく辛みがありません。 和名の「ボントク」とはポンツク=愚か者のことで、辛みのないこの蓼を間が抜けていることに例えたものです。 似た意味をもつものに「イ…
久しぶりに、本当に久しぶりに自然情報をお届けします。 まずは見出しの写真、「フユイチゴの実」です。 急に寒くなったことも関係しているのか、赤く色づきました。 次に「ヤブランの実」です。 熟すとテカりのある黒色になるので私は勝手に“陸(おか)の黒…
今から約400年前、天正少年使節が持ち帰った印刷機の復元です。 本来の印刷機は、ドイツのグーテンベルグが1450年に発明したものです。 鋳造金属活字を原稿によって組み立て、油性の印刷インクを用いて、ブドウのしぼり器の要領でプレスするという、近代印刷…
島原市指定史跡「御用御清水(ごよう おしみず)」です。 寛文9年(1669年)丹波(現京都府)福知山から入府した藩主 松平忠房は、武家屋敷一帯の生活用水として水道の設置を行いました。 この「御用御清水」も城主の居館があった三の丸の用水として建設され…
雲仙市吾妻町にある「大塚古墳」です。 守山(もりやま)大塚古墳は、島原半島唯一の「前方後円墳」で、全長約70mあります。 県下では離島を除けば最大級の古墳です。 で、何処に古墳があるのか分かり難いと思います。 先生やジオツアー参加者の皆さんが立っ…
あまり良い写真を撮っていませんでした。 10月10日にアップしたイベントの記念写真の場所と同じ場所です。 昨日アップした神代城址の東側一帯が江戸時代に埋め立てられ、神代鍋島氏の陣屋と屋敷が置かれました。 その周辺を小路(くうじ)といい、家臣団の屋…
雲仙市国見町にある「神代(こうじろ)城址」です。 かつて神代城は三方を海に囲まれた台地の上に築かれた海城でした。 現在は埋め立てられ、台地状の地形を残して周りは田畑になっています。 写真に写っている神代神社のある辺りに、城の本丸がありました。…
島原市有明町にある「縄文の里」です。 あまり馴染がない施設名ですが、有明総合文化会館といえば地元の方は「ああ~あそこか!」と分かる場所です。 その文化会館の地下部分にこの展示館はあります。 文化会館建設に先立つ発掘調査で、縄文時代後期(約3000…
イベント中の写真ですみません。 こちら向きで笑顔で解説してくださっているのが、松尾卓次先生です。 場所は先日アップした「沖田畷古戦場跡」近くにある「二本木神社」です。 二本木神社は、沖田畷で討ち死にした龍造寺隆信の家臣のうち島原に住み着いた人…
やっぱりこのアングルの写真が一番良いなあ。 お休みが続いてしまいましたが、ブログ更新です。 17日(日)雲仙岳災害記念館主催の「親子バスハイキング~島原半島にステゴドン象がいた時代~」にスタッフとして参加してきました。 加津佐の公民館、女島、向…
天正12年(1585年)3月24日朝から龍造寺隆信は兵2万5000を率いて、有馬晴信・島津義久軍8000と沖田畷(おきたなわて)で戦いました。 その戦場跡がここです。 墓石みたいに見えるのは供養塔です。 両軍あわせて約4000名の戦死者を弔っています。 畷とは田畑…
よか(長崎の方言で“良い”)場所ば見つけました! ここは雲仙市南串山町の「辺木(へぎ)・小竹木(こたけぎ)地区」です。 どうです?良い眺めでしょ?w それもそのはず、ここは「長崎県のだんだん畑十選」に選ばれた地です。 山の頂上まで続く急傾斜に長…
アコウで検索すると魚の「アコウ」がヒットします。 ここは、口之津町早崎半島の先にある漁港です。 ここら辺りは「あこう群落」として、南島原市の天然記念物に指定されています。 アコウ(木)は、暖地の海岸近くに生えるクワ科の常緑高木です。 高さは約2…
あまり博物学とは関係なくなりますが、これも島原半島の文化の1つということで。 今週の月曜日、島原半島内では色々なイベントが実施されていました。 普段ならば地味に仕事だったのですが、どういう風の吹き回しか、お休みでした。 そこで以前から目をつけ…
昨日、「島原半島北目の史跡探訪ジオツアー」を実施しました。 あー長いタイトル。 講師を島原城資料館専門員の松尾卓次先生にお願いして、島原半島北目にある史跡を歴史的解説を聞きながら巡見しました。 (巡検は「ある範囲の場所を見回り、秩序が保たれて…
南島原市西有家町にある「龍石海岸の不整合」というジオサイトです。 正面の岩山をご覧ください。 岩山の下部分の黄色く見えている所は、“口之津層群”といいます。 約250万年~70万年前までの湖や浅い海になった時にできた堆積層です。 その後、この場所は陸…
「アナゴさん、肩までつかる。」 ・・・。 いや、先日通りかかった時に潮が満ちててそう見えたってだけです。 以上、小ネタでした。
島原城近くの史跡「時鐘楼」です。 名前も知っていたし、場所も知っていたのですが、なかなか見る機会がなかったものです。 この時鐘楼は、島原藩主 松平忠房公が「民に時刻を知らしめ、これを励行せしむることは政治の要道である」として、延宝3年(1675年…
あ、タイトル落ちw。 分からなければスルーして下さい(ヲタネタなので)。 それはさておき、明日でも良かったのですが、情報が古くなりそうなのでアップしました。 昨日、車を運転しながら偶々地元のFMラジオにチャンネルを合わせました。 すると、島原復…
雲仙市小浜町金浜にかかるアーチ型の石橋です。 昔、金浜川はしばしば氾濫し、よく架橋を押し流していたそうです。 そこで北串山の有力者であった岡右衛門さんが、1846年(弘化3年)に当時の架橋技術の最高を駆使して完成させました。 その後長い年月の間、…
朝、園内の見回りをしていると行く先の道から鳥が飛び立ちました。 人の気配に驚いて逃げたのだろうと深く考えることもなく、鳥が飛び立った付近に近づきました。 そこで発見しました「トビイロスズメ」の幼虫です。 「トビイロスズメ」は名こそスズメで終わ…
本日の平成新山です。 朝からかなり鮮明に見えています。 今日から10月です。 2010年もあと3ヶ月。 年度も半分を過ぎました。 夏休みを過ぎた時点で、私の今年の仕事はもう半分以上終わったも同然なんですが。 まあ後半、事故や怪我のないよう安泰であります…