26.1.27(火) 2回目の更新
かなり有名な神社なので、すでに紹介済みだと思っていたのですが、検索しても出てこないな?
岩戸神社で昼食を済ませ、国見町の「淡島神社」に移動してきました。
まずは入り口で「肥前鳥居」についての説明を聞きます。

「肥前鳥居」の説明については、「上山公園を歩く、その5-愛宕山の肥前鳥居」(2016年10月13日記事)に書いていますので、ご参照ください。
こちらの鳥居から入って行くと、

この神社の正面に出ます。なので、こちらを淡島神社と勘違いしますが、「淡島神社」は、この神社の左、赤い矢印の方向にあります。 こちらは「熊野神社」です。ちなみにさっきの「肥前鳥居」も熊野神社の額束が掲げられています。

こっちが「淡島神社」です。今は南中高度が低いので拝殿近くで撮影しようとすると逆光になります。
祭神は「スクナヒコノミコト(少彦名命)」です。「スクナヒコノミコトは海の彼方にある常世の国から光り輝きながら渡ってきた小人神です。『古事記』では、天の羅摩船(あまのかがみふね)というガガイモの殻の船に乗り、蛾の皮を着て大国主命の前に現れます。」「その時カミムスビ神が、私の手指の間から漏れ落ちた子です、と言い、大国主命と一緒に国づくりをするよう命じました。」「仕事をやり終えたスクナヒコノミコトは、最後に淡島で粟の茎にのぼり、その弾力に弾き飛ばされるようにして常世の国に帰りました。」(観察会資料より)
拝殿前に由来が書いてありました。
「文化九年(1812年)神代藩主第十代 鍋島茂體公の時代に亀川出羽守忠英という人によって建立されました。
淡島神社という名前は元来粟嶋神社の俗称として親しまれた呼び名でしたが、今では通り名となり全国各地の淡島神社と同様 縁結び・安産・子育てに霊験があるとされ、特に女性の守り神として厚い信仰を集め 淡島さんと親しまれています。」