
(今回も写真枚数が多いので、写真サイズを小さくしています。)
九州自然歩道を唐比から井牟田口まで歩いた際に見つけた史跡などを紹介します。
唐比湿原の縁を歩いていると、道の途中に標を見つけました。(表紙写真)
歴史・史跡・遺物には目がありませんから、立ち寄ってみることにしました。

両サイドの家に番犬が飼われているので、うるさく吠えかかられながらたどり着きました。
ここが唐比権現堂です。
いつもなら解説板を読んで紹介するのですが・・・。

日に焼けて文字が真っ白になっています。
ひとっつも分かりません。
(諌早市の文化財を管理している部署の方が読んでいましたら、早速の修繕をお願いします。)
なんだかよく分からないので、お堂の横の窓からのぞき込みました。

立派な認定書が飾られていますが、やっぱり分かりません。
島原に帰ってきてから調べました。
以下、諌早市のホームページからの引用です。
「唐比権現の神像と仏像」(市指定有形文化財)
唐比権現像は、像高52cm、総高(台座含)65cm、背面に「肥前高来郡諌早唐比村」、「奉寄進熊野大権現」、「天和三年(1683年)癸亥二月」などの銘文があります。
薬師如来像は、像高44cm、総高(台座含)56cm、江戸時代の作です。
男神像二躯は、随身像と思われ、右膝を立てる男神像は像高27cmで江戸時代の作、左膝を立てる男神像は像高26cmで体つきが柔らかいことから、他の三躯に比べ年代は古いと考えられ、室町時代末期の作の可能性があります。
唐比権現像の銘文から、江戸時代初期にはすでに熊野信仰が根付いていたことがうかがえ、室町時代の作と考えられる男神像より、その信仰は中世まで遡る可能性があります。また薬師如来は熊野速玉神の本地仏で、神仏習合のあらわれとして重要です。
四躯の神像と仏像ともにクスを丸彫りにした素朴な一木造りであり、中世末期から近世初期の当地の民間信仰をうかがうことができます。
・・・お堂の中に神像と仏像があったのか。