
長崎の観光地と言えば、眼鏡橋があります。
川に架かった石橋が有名ですが、島原半島南部(南目)は石橋や石垣築きの屋敷、石仏など石の文化が進んだ地域です。
以前、金浜断層に架かる金浜眼鏡橋(2010年10月3日記事)を紹介しましたが、今回は北有馬にある「面無橋」です。
これまた読みにくい漢字ですね。
「おもなしはし(ばし)」と読み、この辺りの地区名がついた橋です。
北有馬町内を流れる有馬川は島原半島第一の大川で、坂下・折木・西正寺の3地区にはいくつもの石橋が架けられています。
古くは江戸末期のものから、戦後架橋されたものなど様々です。
この有馬川水系石橋群で、最古の眼鏡橋が「面無橋」です。
架橋時期ははっきりしないものの、江戸時代末期か明治になってすぐだと言われています。
土地の自然石をそのまま使って、アーチ型に組み立てています。
面無地区の人たちの日々の生活の便を考え、自分たちの生活は自分たちで高めようと手作りしたものでしょうか、石工など関係者の名前等諸々、一切の記録がありません。
高度経済成長期の中、日本各地でインフラが整備され、橋やトンネル・高速道路などが建設されました。
約50年後の現代では老朽化が進み、その整備・維持管理が問題になっていますが、約100年以上も前に手作りした橋が揺るぎもせずに建っている姿は「すごい!」の一言だけでは足りません。
先人達の知恵や技術に頭が下がります。